【 07年02月18日 】石橋を渡る
今まで生きて来て『失敗』と『成功』はどちらが多いだろうか?自分的には他の人と比べると『成功』の方が多いように感じるが、自分だけで考えるとやはり『失敗』のほうが多いだろう。
人間は誰でも生まれてから死ぬまでに、大なり小なりいろいろ失敗をするものだ。どんな優秀な人でも失敗をしない人はいない。
失敗は少ないに越したことはないが逆に失敗をして学ぶことが多いはずである。ピザ屋を始めてからも失敗の経験は数知れない。
私の尊敬する松下電気の創業者、松下幸之助が言っていた言葉に
「失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するまで続けたら失敗ではなくなる。」
というのがある。またエジソンの言った言葉にも似たようなセリフがある。
ある新聞記者が「あなたは電球を開発するのに一千回も失敗を繰り返したそうですね。よく開発を断念しませんでしたね?」と質問され、エジソンはこう答えたと言う。
「一千回も失敗を繰り返したのではない。一千回、実験を繰り返したのだ。」
失敗とは私も、そういうものだと思う。
「石橋をたたいて渡る」
と言う言葉があるが、これは失敗を恐れながら前に進むという性格を表した言葉であるが、私の周りの人間は、
「石橋をたたいても渡らず、引き返す」
という性格の人が多いように感じる。
昔、私が後輩に言われた言葉は
「先輩は石橋をたたきすぎて壊してしまい、それでも無理やり渡る人だ。」
もう一人の後輩には
「いやいや違うよ。先輩は石橋をたたきもしないでダッシュで渡る人だ。」
更にもう一人の後輩は
「違うって、先輩は橋が無くても、どうにか渡る人だ。」
と、わけのわからない話になった。ひどい言われ方だが、私のむちゃくちゃな性格を表現しているようだ。
自分では
「石橋をたたいて渡り、崩れた時の対応を考えながら渡る」
と言う性格だと思っている。場合によっては3人の後輩が言った通りの性格も顔を出す気もする。
どちらにしても最終的には「橋を渡る」ということが大事であると思う。「結局、橋を渡らない」人は何事も前進できず成功=目標達成できない人である。
「失敗してもいいじゃん。」と言いたくなる人が私の周りには沢山いると思う。絶対無理と感じなければ失敗してもいいからやってみることが大事ではないかと感じる。仕事でも遊びでも。
『失敗』という言葉が悪いと感じる。
失敗=教訓 または
失敗=勉強 と言い換えれば物事の取り組みにもチャレンジしやすいのではないかと思う。
まだ10代、20代の人はこれから社会に出て多くの失敗を繰り返すであろう。私もこれから先も失敗を繰り返すだろう。
何もしないで結果が出ないより、挑戦して結果をだし、それがたとえ失敗だとしても『失敗=教訓』と踏まえれば、それが成功の第一歩となり、それは失敗とは言わなくなるということだ。
これを読んだ人は『失敗が大好物』という人間になろうではないか。