【 07年03月04日 】死なないカナリヤ

大食いをやめたせいか先日、胃が痛くなった。胃が痛くなるというのは生まれて初めての経験である。おそらく胃酸が出すぎていたのではないだろうか。

腹痛というのは16歳の時以来、21年間経験していない。16歳までは割とよく腹痛を起こす子供であった。最後に腹痛を起こした南アルプスでの出来事がきっかけでお腹が最強と化した

その南アルプスに登ったのは夏休みの1週間に及ぶ登山夏合宿であった。山岳部に入って初めての夏休み。まだひよっこのクライマーであった私は15名のメンバーの中でも初心者の部類に属していた。初めての日本アルプスということもありワクワクする半面、疲労の色を隠せなかった。1週間の登山ということもあり水は現地で川の水を調達することでまかなっていた。

この水が曲者であった。登山開始から3日目であっただろうか。メンバー全員が腹痛を起こしたのだ!

真水による食あたりである。みんな下痢が止まらず、脱水症状になったが、水分が欲しくても食あたりの原因となった水しかなく下痢は悪化する一方であった。全員で正露丸を飲んでみたものの、症状はまったく改善されない。

それでも帰るわけにはいかず前進するのみであった。とにかく次のテント場まで行って休憩するのが先決であるわけだが、体力は限界に達し、水は飲めないという地獄の山道であった。

登っているうちに『雪渓』に遭遇した。『雪渓』とは雪で覆われている地帯でいわばスキー場みたいいなものだ。真夏なのに3000m級の山では分厚い雪の層ができている。その雪の斜面を登る必要があるわけだが、雪渓の所々には『クレバス』と呼ばれる穴が開いている。登っている最中に足を滑らせてしまうと雪の斜面を転がるように滑り落ちてしまう。そしてこのクレバスにホールインワンしてしまうと死が待っている。斜面を登っていると我々より先に登っている人が足を滑らせて上から時速60キロぐらいのスピードで滑ってくることもあった。

「助けてくれ〜、誰か止めて〜!」

と叫びながら滑り落ちてくる。人に当たればボーリングのピンのようになぎ倒され二時災害につながることもある。しかし、登山者はこう言う時、赤の他人でも協力的に助け合うもので、滑り落ちてくる人を飛び込み体制で受け止め、命を救うものだ。実際に私の近くを一人の女性が滑ってきたが私を含めて数人で飛びかかり、何とか助けることができた。明日はわが身かも知れない…。

相変わらず全員、腹の調子も悪く雪の斜面に荷物を降ろし休憩をとった。

のどはカラカラでも水が飲めない状況下でついに私は開き直った。

「どうせ腹壊してるならどうにでもなれ!」

と、目の前にあった雪を口に放り込み、かじるように固い雪を食べてみた。周りにいた先輩達は

「よせ!この状態で雪なんか食ったら死ぬぞ!」

先輩の静止を振り切り雪を食べ続けた。

「うまい!のどが潤うぜ!」

なんとうまいのであろう。口の中で溶ける日本アルプス天然水!といっても衛生的には最悪の雪。

しかし事態は急変した。

「治った!治った!」

しばらくたって腹痛が完全に治まったのだ!そこからは私だけ水を得た魚のようにガンガンパワーが湧いてきて他の調子の悪いメンバーのフォローにまわった。
自然の力とは凄い。私に力を授けたのだ。

それ以来である。21年間、腐った物を食してもノーダメージの最強胃袋なのは。

最近、知り合いに変なあだなを付けられた。

賞味期限切れの食べ物を毒見する時に

「小野さんが毒見しても無駄だよ。小野さんが大丈夫でも普通の人はダメなことが多いから。小野さんは死なないカナリヤだから(笑)。」

『死なないカナリア』

警察官が家宅捜査などで鳥カゴを片手に家に入って行くシーンをニュースなどで見かけるが、あれは、その鳥カゴにカナリアが入っていて、毒ガスがあると弱いカナリヤは人間より先に死ぬことから、いち早く毒ガスを検知するという手法である。そのカナリアが毒に強くて人間の方が先に死んでしまったら意味がない。毒ガスでも死なないカナリヤは役に立たないと言う意味だとか。

当たっているだけに笑うしかなかった…トホホ。